昨日は、東京大学の伊藤謝恩ホールにて開催された、日本物理学会の公開講座に参加した。大学のキャンパスの雰囲気や、最新の物理学のお話で、久しぶりにアカデミックな空気に触れることができて楽しかった。
東大の本郷キャンパスはこれが初めてかもしれない。有名な赤門をくぐるとすぐとなりに伊藤謝恩ホールがある。ここで、午後から日本物理学会主催の「一般相対性理論と宇宙 -重力波研究の最前線- 」と題した公開講座が開催された。この講座は、いつもブログなどで情報を提供していただいているとねさんから、emailで連絡をいただき誘われた。最近、朝日カルチャーセンターがご無沙汰だったので、久しぶりに物理の話が聴きたいと思い、参加を申し込んだ。
とねさんには、いつも情報をいただいて、本当にありがたい。
この日は午前中から常磐線で、常陸多賀から湯島まで。結構わかりやすい道のりである。湯島からは歩いて本郷キャンパスへ。会場に入るともう会場はかなりの人で、いつものとねさんや27181さんはすでに前の席に座っておられた。割と見やすい席を確保できて安心したところで開始を待つ。
科研費で行われているというが、立派な資料も配布されて、学生時代の学会の雰囲気を思い出していた。
まずは、会長の挨拶から始まり、この公開講座の意義や物理学会の歴史について述べられた。物理学会のサイトも充実しているということなので、情報をチェックしたい。
さて、いよいよ講座開始。まずは東大の須藤先生。イントロダクションとして、重力波研究の背景となる一般相対性理論や、重力波観測までの道のりのようなものを、時系列を追ってお話いただいた。去年9月に、Caltechのチームを中心としたLIGOプロジェクトが、史上初の重力波直接観測に成功したことは、記憶に新しい。今年のノーベル物理学賞も、この重力波の観測に贈られるのではないかと予想した人も多かったようだ。須藤先生もそのひとりで、いつもコラムを書いている高知新聞の見出しに「29+36=62でノーベル賞」というキャッチフレーズで準備をしていたそうな。来年のノーベル物理学賞の発表に期待したい。
須藤先生のお話は、一般相対性理論は最早「何かを説明する理論」にとどまらず、物理学の基礎をなす原理のようなものになっていると言われた。宇宙は法則に従っている、その法則のひとつなのだろうと理解したが...。重力の本質は力ではなく、空間の歪みであるという最初の説明から話に引き込まれた。アインシュタインのすごいところは、そうした言葉で言ったことを、具体的に表現したところなのだという。なるほど、言葉でいうのは簡単だが、具体的にどんな現象が起こるのか、定量的に書き下すのは大変なことだ。アインシュタイン方程式の素晴らしさを、改めて教えられた気がする。
この後、水星の近日点移動について、ニュートン力学と併せての解説、時空の曲がりとエディントンの観測、重力レンズやダークマターの話が続く。これらの話は断片的な知識としては知っていたけれども、先生のお話を聴いて、これらがどうつながって現在の重力波観測に至っているかがよくわかったと思う。一般相対性理論から考えられる様々な事象が、いろいろな人の努力や偶然にも得られた結果から発展してきたのが面白かった。アインシュタインがマンドルというアマチュアの人に頼まれて、重力レンズの論文を書いたという話は、なぜか印象に残った。しかし、現在ではその重力レンズから発展してきた部分も大きいので、マンドル氏もトンデモながら大きな貢献をしているのではないか。重力レンズ効果から、ダークマターの存在を推測するなど、自分としては断片的な知識が結びついた話はとても興味深く、またこのあたりを勉強し直したいという気持ちが強くなった。
須藤先生のお話は、わかりやすいこともあるが、話が面白いので、時間を忘れて聴講できた。
続いて、京大基礎物理研究所の柴田先生。重力波の源ということで、観測された結果が実際に重力波の現象を表しているのか、どのような意味を持っているのかについて、お話をされた。柴田先生は数値相対論が専門と言われ、実際に理論から実験結果を説明できるかについて、数値計算で研究されているとのこと。アインシュタイン方程式は複雑で、手計算では解けるものではない。まさに現代の理論的手法だと感じた。重力波の源としては、連星中性子星の合体、連星ブラックホールの合体、超新星爆発の3つがメインとなっているが、連星中性子星の合体についてはまだ観測されておらず、柴田先生はこちらにかなり興味を持っておられたようだ。中性子星の合体は、まだ説明できていない鉄以上の重金属がどのように作られるのかを、教えてくれるヒントになるかもしれないとのことだった。超新星爆発は、比較的丸い形になり非対称性が弱いので、重力波源としては観測が難しいということ、重力波源はその非対称性が鍵となるので、連星の合体のように四重極子以上でないと観測されないなど、知識の再確認に良いお話を聴くことができた。
須藤先生と比べると、時間の関係もあったのかかなり早口に感じられ、話についていくのがちょっと難しかった。途中で「うそうそ」を繰り返すところが印象的で、先生方もプレゼンの時は、正確な数字をきちんと覚えているわけではなく、現象でのオーダーから記憶を手繰り寄せるという感じで、間違いの言い直しも興味深く聴くことができた。
実際に、今回観測したデータから数値計算で波形を再現したところなどは、やはり一般相対性理論の凄さを見せつけたという感じでいっぱいだった。計算機とはいえ、あれだけよく一致した結果を求めるまでは結構苦労したのではなかろうか。まだ観測されていない、連星中性子星の合体についても、観測によるデータと理論的解明に関して、いつかこういう話を聴いてみたい。金、銀、プラチナといった重金属がどのようにつくられるのか、興味は尽きないお話であった。
そして、最後はスーパーカミオカンデの梶田先生。去年のノーベル物理学賞受賞者であり、日本を代表する物理学者だ。梶田先生のお話は以前に東海文化センターで、ニュートリノと宇宙に関する講演の時に拝聴した。今回、KAGRAについて講演されるということで、それほど時を置かずにニュートリノと重力波の両方の話をお聴きできることになるとは思わなかった。東海村での講演は予約してあったわけでなく、飛び込みでとても幸運だったことを憶えている。
さて、内容であるが、柴田先生が理論中心のお話だったのに対し、梶田先生は実験の専門家であるので、もちろんKAGRAによる実験のお話を詳しく解説された。先生のお話を聴いた第一の感想は、実験物理学者というのは、本当に大変なことをしなければいけないのだということだ。本当にご苦労されていることが、先生の熱意ある弁舌を通して伝わって来る。理論は理論で思考するのが大変だが、実験も理論とは違った精密さを競うようなご苦労がある。特に、重力波などというほとんどゴミにしか感じられないものを、精度よく測定しようというのだから並大抵のことでは不可能だろう。地球と太陽の距離に対して原子核程度の揺らぎを求める!? ぼくはそんなことが本当にできるのか、非常に疑問だった。地上で観測装置を作るのであれば、どんなに大きくても数kmのオーダーでしか作れないのではないか。レーザー干渉計ではこれだとノイズを低減するだけの距離が稼げないので、鏡を置いてやって、光を反射させ距離を稼ぐのだという。また、この鏡も普通に設置することはできなくて、揺らぎよりも大きな振動で使い物にならないため、振り子の原理を利用して吊るして設置するのだそうな。普段、ものづくりに携わっている自分としては、この重力波の装置に比べたら、いかに日常用いられる機器というのは大雑把で良いかが感じられる。もちろん、日常用いられる機器も、いい加減な設計や製作が行われているわけではない。中には人の命に関わるものもあるので、ものづくりには十分な安全性や正確さが必要とされる。しかし、この重力波観測装置はそれも問題にならないような精密さを要求されるもので、本当に最先端の技術によってしか、実現できない装置ではないかと感じた。
夏に聴いたニュートリノのお話同様、梶田先生のKAGRAの解説は、本当に自分の言葉で語られ、一言ひとことがとても印象的に感じられた。実際にプロジェクトを指揮している方ならではの語りなのだろう。KAGRAの観測で得られるデータから、LIGOやVirgoのデータにもより一層の正確さが加わり、また、思いもかけなかった発見が期待させるのではないだろうか。質疑応答で、高校生と思しき男性が、予算などについて質問していたが、確かに大変なんだろうと思う。こういう苦難も乗り越えて、大きな成果を上げていただきたいと思う。
梶田先生のお話を聴いて、実験物理学者は一見不可能ではないかと思えることも、様々な知恵を使ってなんとか実験のできる状況に持っていく、優れた能力が必要とされるのではないかと感じた。実際に観測したり、実験できなくては物理学としての検証ができない。これまで、理論で考えられてきた荒唐無稽な妄言(?)も実験物理学者の手によって、多くの検証が行われてきたのだろう。
ぼくが物理学科の学生の頃は、宇宙論というと、まだやはり疑似科学というか、本当にそうなのかわからない学問だという雰囲気があったと思う。しかし、今やビッグバンの真偽に迫れるような観測技術の発達があり、当時のレベルからしたら信じられないような成果を出し続けている。
こんな最先端の研究の話を、3人の先生方は一般の方々にもわかりやすく、興味深い語り口で解説いただけたことに、とても感動した。今回、少し時間がかかっても参加できて本当に良かったと思う。物理学に対する愛着というか、やっぱりぼくは物理が好きなのだと再認識できたことも収穫だったと思う。今後もこのような機会にお話を聴きに行きたいと思っている。
赤門は初めて
アカデミックな空気に触れられて満足
